小原ブラスのリカバリーストーリー。

小原 ブラス

2025/02/05

Commentator リカバリーストーリー
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タレント、コメンテーター、コラムニストの小原ブラスさんのリカバリーストーリーです。
今のメディアでは言いづらいんだけれども大切な”本音”をいつも代弁してくれる小原さん。
”本音”を話していこう、と思うに至ったきっかけを話してくださいました。

スクリプト・文字起こし

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リカバリーストーリーは、様々な人に悩みから立ち直った経験や、日頃のストレス解消法を自由に話してもらうポッドキャストです。初回のテーマは「私のリカバリーストーリー」。こんにちは。小原ブラスと申します。私はロシアに生まれまして、日本に6歳ぐらいからかな、住んでる者で、今はタレントとして活動してるんですけども、タレントとはなんぞやみたいなところは置いといて、今、主にやっていることは、報道の番組とかにコメンテーターとして出させてもらったり、バラエティみたいな番組にちょっと出させてもらったりとか。あとは元々は『アウト×デラックス』っていう、アウトの裏返しはグッドみたいな、こう、人の悪いところの裏返しは良いとこなんじゃないの?っていうことをテーマにして、ちょっと世間から逸脱したような人が出るような、そういう人を特集するような『アウト×デラックス』っていう番組にレギュラーで出させていただいてたんですけども、私が出てたのは「ちょっと単純で面倒くさいロシア人」っていう、それももう、名前つける、何?出方?ちょっとどういう、なんかこう、肩書みたいな、ちょっと名前つけるのも面倒くさかったんやなみたいな、そういう肩書で出させていただいてた者です。

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「リカバリーストーリー」ということで、自分が落ちたことというか、ちょっと落ち込んだ時にどう立ち直ったかっていうことを、このポッドキャストではお話をするようなんですけど、もう自分が今まで生きてた中で一番落ちたな、気分がって、ちょっと重い話にはなるかもしれないけど、もうそこから話した方が楽かなと思ったんで、一番落ちたところでお話しようかなと思います。

僕はタレントとしてやりたかったことっていうのが、ちょっと面白い話をしたり、普通の人がこういうことを言うのが正しいんだっていうことを、ちょっと逸れたようなことを言って、社会の意見の幅を増やせるというか、別に正しくないことを言っててもいいじゃん面白ければ、みたいなことを言えるタレントになりたいなみたいなことを思って、こういう活動をずっとしてたんですけど、その最中に起きたことがやっぱロシアのウクライナ侵攻やね。そう、うん、ウクライナとロシアの戦争ですよ。これが起きた時に、今まで結構バラエティとかそっち系でずっとお話をしてた、ユーチューブなんかも面白ユーチューブみたいな『ピロシキーズ』っていうチャンネルでやってたんやけども、それがそのまま更新するわけにはいかない状況になったんですよね。

というのも、やっぱ「面倒くさいロシア人」っていう名前で出てるのに、今このロシアがウクライナに侵攻して、こんだけ世界のニュースを賑わせている、これについてお前はどう思うんだ?ということで、ユーチューブにもコメントが殺到し、SNSにもコメントが殺到して、いろんな番組からのオファーがバーって来て。当時は朝起きて日テレ行って、そのあとテレ朝行って昼に、夕方TBS行ってみたいな、なんかもう本当に、フジテレビ行ってみたいな1日4つの局を回るとか、そういうことがあるぐらいバッと、もうびっくりするぐらい取材みたいなものをいっぱいされたんですよ。

それを僕は当初はお断りしようかなって、それについて触れずに、だって面白いことを喋って生きていきたいと6歳から日本に過ごしてて、別にロシアの感覚があるわけでもないから、過ごしていきたいななんて思ったけども、こんだけ求められると黙っていることがなにか1つ自分が意見を言ってる人みたいに、黙っていることで「あ、この人は実はプーチンを支持しているんじゃないか」とか、「この戦争について語れない事情があるんじゃないか」とか、「実は戦争を肯定してるんじゃないか」みたいな、「黙ってんじゃねえぞ」っていう言葉がどんどん大きくなっていって。あ、これは黙るっていうことはできないなということで、私はメディアに出て「戦争はこういうことで反対で、こうあるべきではないと思うので、一日も早く止めてほしいし」っていうような、そういうことをメディアで色々言ったりしたんですけど。別にそれを嘘やったとかそういうことではないんですけども、感覚として”無理やり引きずり出されてコメントをさせられてたな”っていう感覚はやっぱりあったんですよね。

コメントをしていると、今度は「テレビに出たり、ユーチューブで(戦争)反対の動画を出すことによって、こいつはお金を稼いでるんじゃないか」っていう風なことを言われるようになり、「戦争をお金にしてる人だ」っていう、今度そういう批判が出てきて。ああ、じゃあこれは、収益とか出たものも寄付したりすることに使おう、というので、寄付とかをするんだけど、この寄付も「本当に(寄付)やってんのか」とか、「寄付の額をもっと見せろ」とかっていう風な話になってきたり、なんかだんだん、うん、何を言ってもこれって批判があったり、何を言っても最初から攻撃をしたい人にとっては何かしら攻撃をする隙っていうのを見せることになるんだなと。何を言っても、誰かしら、何かしらの方法で傷つくんだなと。

もちろんね、ロシアの人が、もしかしたらテレビに出て戦争反対だって言ってることに対して、「いやこんなんで注目を浴びやがって」って思ってるウクライナの人もおるかもしれへんし、それは誰かが私が出たり何かすることによって、何かしら傷つく、何もしないことによっても傷つく人がいるってなって。それがね、やっぱだんだんにっちもさっちも行かなくなったっていう時期があったわけです。一番人が傷付かない言葉を出そうと、ひねり出そうと必死に試みてはダメで、誰かが傷つくとかっていう風になって、段々何も言えなくなってくるというか。うん、じゃあ言わなきゃいいじゃんっていったら、また言わないと「なんで黙ってんの?お前これについて何かコメントしろ」が出てきて。

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で、にっちもさっちも行かなくなった時になんかSNSでバーって来る言葉を見て、この人たちって、神社とかに行って同じ言葉を私に言えるのかなってふと思ったんです。

神社って神様信じる・信じないは抜きにして、僕も前ね、ちょっと嫌いな人ができて、その人と縁を切りたくて、よし今日はこれここ縁切り神社なんだっていう縁を切れる神社を見つけて、そこに行って、この人と縁を切って、この人が不幸になるように祈ってやろうって、行って神社の前でぱっと構えてお祈りしたんですけど、その時、やっぱりこの人と縁を切って、あの人が不幸になりますようにとは言えなかったんですね。やっぱり、ああ世界が平和になりますように、とか、みんなが幸せになりますように、みたいなやっぱり良いことしか言えなくて。神様を信じる・信じないは抜きにして、やっぱ神社で言うことって、自分が本質的にこれは間違ってるなって思うことって、やっぱ言えないもんなんですよね。

で、それを考えた時にふと、僕もそうしようって。メディアに出て、なんか言うことって、神社に行って、神社の境内ですね、神様のいるところで手を合わせて、本当にこう思うっていうことだけを言うようにして、で、それによって傷つく人がいるんだったら、それはもうしょうがない、それはもう本心から思ってることだからって思うようにしよう、と思ったんです。

その頃に僕が本を書いて『めんどくさいロシア人から日本人へ』という本を書いたんですけど、その本の中にね、ある意味ではよく開き直りの精神っていうことで、当時よく言われてたのが、「戦争について反対するんだったら、ロシアに行って、実際にロシアの赤の広場とかでデモをしろ」とかね、そういうことを言われてたんだけども、僕、やっぱ境内で、それについて言われた時に、神様の前で言えることってなんやろうって考えた時に、僕、やっぱり戦争とかは止まってほしいし、それによって亡くなる人もおらんくなってほしいし、みんな幸せになってほしいけど、それによって、それを実現するために自分の命を犠牲にしたり、自分の家族の命が犠牲になるかもしれないんだったら、ああ、それはしないなっていうのを心から思ったんです。

要するに他人の子供が目の前で死にそうになっていて、自分の命を犠牲にせずに助けられるならもちろん助けるけども、自分や自分の家族がもしかしたら危険な目にあったりするかもしれないって考えると、僕はそれを助けられるような人じゃない、って、これ心の底から思うんです。それを僕もう言ったんです、本で。本の帯にも書いてます。「私の命を犠牲にしない、私の命第一主義」。これがやっぱ本心の中にあって。これをもしかすると「ダメなことだ」っていう人もいるかもしれないし、「そんな、ずるいぞ」っていう人もいるかもしれないけど、僕は本心からそう思うから、やっぱそれ以降、同じような言葉を言われても、「お前は自分のことばっかり考えて、自分の命のことばっかりを考えて、人の命のことを考えないようなやつだ」って言われたとしても、そうなんですよ、というか、本に書きましたよねぐらいの気持ちになって。

本当の心の底から言ってることって、その後、「お前はそんなやつだ」って言われても、やっぱ意外と傷つかないし、しょうがないじゃんって。で、それを私が言うことによって、他人の命よりも自分の命が大事だって言うことによって、誰かが傷つくんだったら、それはしょうがないことで、最近そういうこと言っちゃいけないかもしれないけど、傷つくほうが悪いよねぐらいの気持ちに僕はなってきた。うん。

なので、話を総合的にまとめると、今って人を傷つけてはいけない世の中になっていて、人を傷つけるようなことを言うなって言われてるけども、何か、それを言わないことによって自分が傷つく状況っていうのもあると思うんです、今回のようなことって。なので、自分が自分を傷つけないために発する言葉が人を傷つけるんであれば、それはしょうがないし、それよりも自分を優先にして生きた方が僕はいいと思って生きてます。なので、「お前、人を傷つけやがって」って言われても、ごめんね、それ自分を傷つけないためだからって、すごい悪いこと言ってるように聞こえるかもしれないけど、多分これが僕の今のところ、32年間生きてきて、現時点で思っている、人を傷つけない、そして自分を傷つけない、実は一番最短の理屈になるんかなとは思います。けど、もちろんこれも僕があと5年生きたり、さらに10年生きたりすると感覚が変わるかもしれないんで、そうなった時には、ごめんなさい、私、考えが変わりましたんでって言って、コロコロ考えを変えて生きていこうと思ってます。

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うん。なので、リカバリーストーリーっていうか、1回僕の場合はなんか行き着くとこまで、ああ、もうどうしようもないわっていうところまで行ってしまった話になるのかな、うん。

「まあ、開き直って生きていったらどうですか?」って。みんなにも「そんなに正しくなくていいよ」って。「結局、最終的に、自分が元々やろうとしていた、正しさなんて必要なかったんだよ」って。「人間だもの」。

っていう、なんか元々やろうとしてたことに今シフトが戻ってきて、別のやり口で、やり口っていうか、別のやり方で元々やろうとしていたことと同じようなことを今、やりつつあるのかな、なんて思ってます。

はい、ということで、以上、私の「リカバリーストーリー」でした。

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