#1
菅野久美子のストレス解消法と趣味。
ジム、ラップ、捨て活で見つけた“私の心地よさ”
「ジム、ラップ、捨て活で見つけた“私の心地よさ”」
菅野久美子さんが、ストレス解消法と趣味について語ります。
ジム、ラップ、捨て活との出会いを通じて、心地よさを取り戻していくお話です。
00:28 趣味とストレス解消法の難しさ。
01:03 目覚めてもなお恐怖を覚えている心体。
01:47 働き続けることで保っていた”自分の存在”
02:36 楽しむ余白のない日々。
03:17 息切れする階段の先にジムの扉。
04:16 重い現実を教えてくれた最軽量ダンベル。
05:03 ヨガ・バレエ。
06:13 なりたかった自分。
06:51 主役は体。
07:54 意外な味方はHIPHOP。
08:13 客席にいた私がマイクを握る日。
09:13 誰かに認められる必要のない世界。
09:42 弱点を武器に。
10:16 欲しかった仲間。
10:38 ぶつかり合いの先に生まれるリスペクト。
11:15 捨てる。
11:52 シンプルイズベスト。
12:17 捨てる痛みと向き合い手に入れたモノ。
12:55 心地よさを選ぶたび鎖が少しずつほどけていく。
13:31 体の一丁目一番地。
14:14 最後に。
スクリプト・文字起こし
リカバリーストーリーは、さまざまな人に悩みから立ち直った経験や、日頃のストレス解消法を自由に話してもらうポッドキャストです。こんにちは、菅野久美子です。私はノンフィクション作家をしています。超孤独社会、生きづらさ時代、母を捨てるなどといった社会問題や生きづらさ、いわゆる毒親などをテーマにした本をこれまで書いてきました。
00:28
趣味とストレス解消法の難しさ。
今回のテーマは、私のストレス解消法と趣味なのですが、このお話をいただいて改めて趣味について考えてみたんです。 振り返ってみると、母からの虐待を受け、生きづらさを抱えてきた私の人生で、はたして心の底から楽しいと思える趣味があったのだろうかと。 誰もが何気なく使っている趣味やストレス解消という言葉ですが、虐待サバイバーの私にとっては、この2つはとてつもなく難しいんですね。
01:03
目覚めてもなお恐怖を覚えている心体。
例えば、朝目を覚まして、ぼーっとしながら支度をするというのが普通だと思うんですが、私は朝起きた瞬間から、いつだって心と体が強張って、緊張と過度な覚醒状態にあります。それは、幼少期から常に四六時中母の虐待の恐怖にさらされてきたことに原因があるように思います。 その反動で、何日もぐったりして体が動かなくなったりもします。だから、緩むということがよくわからない。そんな生活もたたってか、長年慢性的な不眠症に悩まされていて、薬に頼ってもいます。 自律神経も乱れっぱなし。
01:47
働き続けることで保っていた”自分の存在”
振り返ってみれば、30代まではそんな思い通りにならない体に鞭打つように働いてきました。それは、社会人になった私にとって、仕事は単にお金を稼ぐためのものだけではなかったからです。 仕事をしていないと、自分自身の価値がなくなったかのように思えてしまう。虐待サバイバーの私には、仕事とはアイデンティティそのものだったのです。
学生時代、私の評価軸は常に母にあった。その拠り所が仕事に変わったようなものです。母の期待に応えられない自分は存在してはいけないと思い込んでいた。その感覚が、大人になっても、体に染みついて離れない。本当は心も体も悲鳴を上げているのに、自分をとことんまで犠牲にするような働き方をしてきたんですね。
02:36
楽しむ余白のない日々。
振り返ってみれば、私がこれまで取材を重ねてきた孤独死や生きづらさを抱えた人には、自分との共通点を見出してきたからなんです。 ゴミ屋敷になったり、自分で自分の世話ができなくなることをセルフネグレクトと言います。これは緩やかな自死とも言えるのですが、まさに私自身が、このセルフネグレクトと紙一重の生き方をしてきた。それを考えると、本当の意味で趣味を楽しんでる人って、精神的な余裕があって健康的な人に与えられた特権というか、高尚なものかもしれないと少し羨ましく思ってしまうのです。
03:17
息切れする階段の先にジムの扉。
しかし、そんな生活もいよいよ限界かも、と思ったのは40を過ぎた頃です。 私は40手前で引っ越しをして、3階建ての狭小住宅に住むようになったのですが、階段の上り下りでぜえぜえするようになったんですね。 体にもう無理がきかなくなったなあと。だけど、運動は大の苦手ときている。 それで悩み悩んで、ついに始めたのがジム通いです。私は運動は大嫌いですが、昔から総合格闘技や女子プロレスといった世界で活躍するかっこいい女子に憧れていました。 心も体もひ弱な私と真逆で、彼女たちはリングでキラキラして輝いて見えた。 生々しい話ですが、血や汗が飛び散っても、果敢に己の肉体のみで挑み戦い続ける。 そんな彼女たちの圧倒的な強さに、底しれぬバイタリティーを感じて惹かれるものがありました。
04:16
重い現実を教えてくれた最軽量ダンベル。
たまたま引っ越した先で、海外の格闘技団体が運営するジムがあったので、思い切って門を叩くことにしたんです。 しかし初日のトレーニングは散々でした。 昔から運動や体育会が大の苦手だったのですが、腕立て伏せで崩れ落ちてしまったんです。まともにスクワットもできない。 考えてみれば、取材で外出する以外はずっと仕事では家で座りっぱなしで、筋力トレーニングも一度もしたことがない。 だから私の体はボロボロだったんです。 周りを見ると、私よりずっと年上に見える高齢者も軽々とダンベルを上げている。 私は彼らよりも20歳以上若いのに、一番軽いダンベルさえ上げることができない。 ずっと体をないがしろにしていたんだなっていうことに気がついたんです。
05:03
ヨガ・バレエ。
ジムには様々な体験型のプログラムがあります。いきなり激しいトレーニングは難しかったので、まずは動きの少ない、静かなヨガから始めることにしました。ヨガでは、過去や未来ではなく、今この瞬間の呼吸に集中するということを学びました。過去や未来にとらわれていては、身動きが取れなくなる。なるほどと思いました。ヨガにもいろいろな種類があります。私はヨガの中でも、音楽に合わせて動く、バレエの動きなどを取り入れた新しいスタイルのヨガにハマったんです。
私は昔、本当はバレエを習いたかったんです。だけどずっとスポーツ狩りで、親戚の男の子のお下がりの服を着て、バレエはおろか、女の子らしい格好をしたことがなかった。女の子になりたい私をずっと置き去りにしていたんですね。でも、バレエの女性らしい動きに身を任せてみると、心の中に閉じ込めていた女の子が、ふっと解放されるような、優しい気持ちになりました。ピンク色のフェミニンなウェアをネットショップで買ったのも、その時が初めてです。
06:13
なりたかった自分。
また、DJが作ったノリノリのクラブ音楽に合わせて、格闘技の動きを繰り出す音楽プログラムにも参加しました。 キックやパンチを鏡に向かって繰り出していると、一瞬でも強くなれた気がします。憧れていた女子格闘家のようなかっこいい私。そして、少女のような可憐な女の子の私。考えてみれば、ずっと、どれもずっと考えてみれば、どれもずっと抑圧してきた私が、考えてみれば、どれもずっと私がなりたかった私なんです。
そして私は体を通して、どの私も悪くないと、少しずつ自信を取り戻している自分に気がついたんです。
06:51
主役は体。
ジムのコーチたちもいろいろなタイプがいます。フェミニン系から、かわいい系、かっこいい系、体育会系コーチもいる。彼女たちはみんな頭ではなく、体に軸を置いている。これってすごく重要なことではないか、と私はいつしか気がつきました。ジムに行った日は、ぐったりして眠くなる。頭から一回離れてみる。
すると、この体こそが主役だと気付かされる。心と体のつながり。このシンプルな関係性に私は心打たれました。
ジムには大きい鏡があるので、自分の体をまじまじと見つめる癖もつきました。「今日私疲れてるな」「いや、調子いいな」体は嘘をつかないんですね。3年も通うと、ダンベルも上げられるようになったし、筋肉もついてきました。仲間もたくさんできましたね。育った環境や職業も全く違うのですが、それがとても刺激になっています。
07:54
意外な味方はHIPHOP。
さて、二つ目にはまっていることは、「音楽」いわゆるラップです。意外とよく言われますが、私自身10年ほど前からヒップホップという音楽を聴くようになり、本当に助けられてきたんですね。苦しい時、辛い時、孤独に寄り添ってくれるヒップホップは唯一の味方でした。
08:13
客席にいた私がマイクを握る日。
最近あるラッパーさんの追っかけをしていて、彼に聞いたのは、半径3mに起こったことを言葉にするのがラップだということ。 「なるほど」と「だから私は実生活に根ざしたヒップホップのリアルな音楽が好きなのだ」と。 私はこれまでヒップホップの一観客でしたが、ついにこれまでの人生や体験をラップしてみたいと最近思い立ち、一昨年から実行に移しました。 特殊清掃の現場で出会ったヒップホップ好きな男の子と意気投合し、ついにラップをしてみることにしたんです。 ラップは基本的に若い男の子が聴く音楽です。そして私は音楽ではど素人、ド新人、そもそも絶望的にリズム感がない。 しかも音痴ときている。物覚えも悪くなってくる中年女性です。そんな状態でどうやってラップするの?って思いますよね。 だけどこんな体験味わえる機会はないと逆に面白がることにしました。下手くそでもいいやと。
09:13
誰かに認められる必要のない世界。
私は本業の執筆の世界では常に評価にさらされる環境に身を置いています。でもラップでは誰かに認められる必要はない。そして何より年下の男の子が大先輩です。文章は一人で黙々と向き合う個人作業ですが、音楽は一人ではできない。ヒップホップにチャレンジするうちに、私には私の弱点があるということに気がつきました。「フック」と呼ばれるいわゆるサビの部分が歌うのがどうしても苦手なんです。
09:42
弱点を武器に。
私にとって、これまで弱点とは、人から隠すものだった。だけど、その男の子は私の弱点を面白がってくれた。そして私に合わせて、何度も何度も曲を私仕様に作り直してくれた。それは仲間だからです。そして相手へのリスペクトです。お金のためじゃない。それはお互い弱いところを補い合うというヒップホップの精神性なのかもしれません。彼が時にはケツを叩き、励ましてくれたおかげで、ようやく初めての曲が完成しました。
10:16
欲しかった仲間。
1年以上経ちましたが、いつしか彼とは仲間になっていた。それで気がついたんです。私は仲間が欲しかったのだと。お互いの弱さを認め合いながら、他者と何かを作り上げていくこと。それが私にとって社会との自然な関わりで、私自身の回復なのだと。
10:38
ぶつかり合いの先に生まれるリスペクト 。
面白いことに、音楽の話をすると、ライブなどで自分も乗っかりたいという人が結構いたんです。昔楽器やってたっていう人は、私の年齢でも意外と多いんですね。それも音楽がつなげてくれたかけがえのない縁です。あと、ヒップホップではMCバトルというものがあるのですが、これもよく見に行っています。MCバトルは罵り合いと思われがちですが、人と人との生のぶつかり合い、生き様、その上にお互いの尊敬、リスペクトが生まれる奇跡のような瞬間があります。 今後も私はヒップホップを続けていく予定です。
11:15
捨てる。
三つ目にやっていることは、捨て活ですね。先ほど引っ越ししたお話をしましたが、引っ越し先は、なんと9坪しかない狭小住宅ときている。これまで埼玉の広々とした戸建てに住んでいたのですが、今の家は都内でとにかく狭い。だから物を減らすしかない。 それもあって、これまで収集した大量の本も衣類も手放しました。いわゆるミニマリズムのような生活にチャレンジすることにしたんです。
何百枚の名刺やら、テレビやら、電子レンジもすべて手放しました。
11:52
シンプルイズベスト。
それで気がついたこと。人間の生活って意外にシンプルでも生きていける。レンジはたまにないと不便だなと思うけど、ザルとか蒸し器とか、最悪火があれば人間なんとかなるものです。 鍋とかフライパンも何個もいらないし、客用の布団も、玄関マットもバスマットもバスタオルもいらないなと。意外に一枚のタオルって万能で、これで事足ります。
12:17
捨てる痛みと向き合い手に入れたモノ。
考えてみれば、私は小さい頃から整理整頓が大の苦手だったんです。よく机の中がぐちゃぐちゃで、先生に怒られた苦い思い出もあります。 物を管理したり、きれいに維持し続けるのが苦痛だったんですね。だから、物の点数を減らしてシンプルに生きることは、私を自由にした。 とはいえ、物を捨てるのはとてつもなく心が痛みます。「あの時この服着たかったな。でももうこの体型だし、合わないかも」とか、物にはたくさんのコンプレックスが宿っているっていうことに気がついたんです。 それらと向き合い、手放していくこと。そうすると楽になった。
12:55
心地よさを選ぶたびほどけていく鎖。
私は心地いいものだけに囲まれていたいし、心地よく笑い合える仲間たちと一緒にいたい。 体に心地いいことだけをしたい。そういう環境を一つ一つ周りに増やしていく。自分を縛り続けていた、鎖を脱ぎ捨てて自由になっていく。そして今、この瞬間を生きる。それが40代からの私です。 それはずっと悲鳴を上げ続けていた私自身の心と体に、まずは耳を澄ますことでした。私はたった一つこの体しかない。だったら慈しもう。
13:31
体の一丁目一番地。
考えてみれば、これらの趣味はすべて、人生の棚卸しと言いますか、これまでの執着から離れて、自分の幸せを生きることなんですね。でも、機能不全家族で育った私には、「幸せって何?」幸せの概念がわからない。 だったら体に耳を澄ませよう。簡単ではないですが、それは、自分を取り戻すこと。 仕事ではない場所でつながれる仲間と生きること。 体の一丁目一番地である自分の生活空間を心地よくすること。ジムもラップも生活、ジムもラップも生活も全部一緒で、今この瞬間の私を生きやすくするためのこと。
14:14
最後に。
虐待サバイバーの私は大人になってもとても苦しい日々を送ってきました。見えない母が私を縛り、苦しめるからです。 そこから解放されるには、常時戦闘状態で苦しんでいた私の中の私をまずは許してあげること。この試行錯誤の体験が誰かの救いになれば幸いです。
以上が私のストレス解消法と趣味でした。
00:28
趣味とストレス解消法の難しさ。
今回のテーマは、私のストレス解消法と趣味なのですが、このお話をいただいて改めて趣味について考えてみたんです。 振り返ってみると、母からの虐待を受け、生きづらさを抱えてきた私の人生で、はたして心の底から楽しいと思える趣味があったのだろうかと。 誰もが何気なく使っている趣味やストレス解消という言葉ですが、虐待サバイバーの私にとっては、この2つはとてつもなく難しいんですね。
01:03
目覚めてもなお恐怖を覚えている心体。
例えば、朝目を覚まして、ぼーっとしながら支度をするというのが普通だと思うんですが、私は朝起きた瞬間から、いつだって心と体が強張って、緊張と過度な覚醒状態にあります。それは、幼少期から常に四六時中母の虐待の恐怖にさらされてきたことに原因があるように思います。 その反動で、何日もぐったりして体が動かなくなったりもします。だから、緩むということがよくわからない。そんな生活もたたってか、長年慢性的な不眠症に悩まされていて、薬に頼ってもいます。 自律神経も乱れっぱなし。
01:47
働き続けることで保っていた”自分の存在”
振り返ってみれば、30代まではそんな思い通りにならない体に鞭打つように働いてきました。それは、社会人になった私にとって、仕事は単にお金を稼ぐためのものだけではなかったからです。 仕事をしていないと、自分自身の価値がなくなったかのように思えてしまう。虐待サバイバーの私には、仕事とはアイデンティティそのものだったのです。
学生時代、私の評価軸は常に母にあった。その拠り所が仕事に変わったようなものです。母の期待に応えられない自分は存在してはいけないと思い込んでいた。その感覚が、大人になっても、体に染みついて離れない。本当は心も体も悲鳴を上げているのに、自分をとことんまで犠牲にするような働き方をしてきたんですね。
02:36
楽しむ余白のない日々。
振り返ってみれば、私がこれまで取材を重ねてきた孤独死や生きづらさを抱えた人には、自分との共通点を見出してきたからなんです。 ゴミ屋敷になったり、自分で自分の世話ができなくなることをセルフネグレクトと言います。これは緩やかな自死とも言えるのですが、まさに私自身が、このセルフネグレクトと紙一重の生き方をしてきた。それを考えると、本当の意味で趣味を楽しんでる人って、精神的な余裕があって健康的な人に与えられた特権というか、高尚なものかもしれないと少し羨ましく思ってしまうのです。
03:17
息切れする階段の先にジムの扉。
しかし、そんな生活もいよいよ限界かも、と思ったのは40を過ぎた頃です。 私は40手前で引っ越しをして、3階建ての狭小住宅に住むようになったのですが、階段の上り下りでぜえぜえするようになったんですね。 体にもう無理がきかなくなったなあと。だけど、運動は大の苦手ときている。 それで悩み悩んで、ついに始めたのがジム通いです。私は運動は大嫌いですが、昔から総合格闘技や女子プロレスといった世界で活躍するかっこいい女子に憧れていました。 心も体もひ弱な私と真逆で、彼女たちはリングでキラキラして輝いて見えた。 生々しい話ですが、血や汗が飛び散っても、果敢に己の肉体のみで挑み戦い続ける。 そんな彼女たちの圧倒的な強さに、底しれぬバイタリティーを感じて惹かれるものがありました。
04:16
重い現実を教えてくれた最軽量ダンベル。
たまたま引っ越した先で、海外の格闘技団体が運営するジムがあったので、思い切って門を叩くことにしたんです。 しかし初日のトレーニングは散々でした。 昔から運動や体育会が大の苦手だったのですが、腕立て伏せで崩れ落ちてしまったんです。まともにスクワットもできない。 考えてみれば、取材で外出する以外はずっと仕事では家で座りっぱなしで、筋力トレーニングも一度もしたことがない。 だから私の体はボロボロだったんです。 周りを見ると、私よりずっと年上に見える高齢者も軽々とダンベルを上げている。 私は彼らよりも20歳以上若いのに、一番軽いダンベルさえ上げることができない。 ずっと体をないがしろにしていたんだなっていうことに気がついたんです。
05:03
ヨガ・バレエ。
ジムには様々な体験型のプログラムがあります。いきなり激しいトレーニングは難しかったので、まずは動きの少ない、静かなヨガから始めることにしました。ヨガでは、過去や未来ではなく、今この瞬間の呼吸に集中するということを学びました。過去や未来にとらわれていては、身動きが取れなくなる。なるほどと思いました。ヨガにもいろいろな種類があります。私はヨガの中でも、音楽に合わせて動く、バレエの動きなどを取り入れた新しいスタイルのヨガにハマったんです。
私は昔、本当はバレエを習いたかったんです。だけどずっとスポーツ狩りで、親戚の男の子のお下がりの服を着て、バレエはおろか、女の子らしい格好をしたことがなかった。女の子になりたい私をずっと置き去りにしていたんですね。でも、バレエの女性らしい動きに身を任せてみると、心の中に閉じ込めていた女の子が、ふっと解放されるような、優しい気持ちになりました。ピンク色のフェミニンなウェアをネットショップで買ったのも、その時が初めてです。
06:13
なりたかった自分。
また、DJが作ったノリノリのクラブ音楽に合わせて、格闘技の動きを繰り出す音楽プログラムにも参加しました。 キックやパンチを鏡に向かって繰り出していると、一瞬でも強くなれた気がします。憧れていた女子格闘家のようなかっこいい私。そして、少女のような可憐な女の子の私。考えてみれば、ずっと、どれもずっと考えてみれば、どれもずっと抑圧してきた私が、考えてみれば、どれもずっと私がなりたかった私なんです。
そして私は体を通して、どの私も悪くないと、少しずつ自信を取り戻している自分に気がついたんです。
06:51
主役は体。
ジムのコーチたちもいろいろなタイプがいます。フェミニン系から、かわいい系、かっこいい系、体育会系コーチもいる。彼女たちはみんな頭ではなく、体に軸を置いている。これってすごく重要なことではないか、と私はいつしか気がつきました。ジムに行った日は、ぐったりして眠くなる。頭から一回離れてみる。
すると、この体こそが主役だと気付かされる。心と体のつながり。このシンプルな関係性に私は心打たれました。
ジムには大きい鏡があるので、自分の体をまじまじと見つめる癖もつきました。「今日私疲れてるな」「いや、調子いいな」体は嘘をつかないんですね。3年も通うと、ダンベルも上げられるようになったし、筋肉もついてきました。仲間もたくさんできましたね。育った環境や職業も全く違うのですが、それがとても刺激になっています。
07:54
意外な味方はHIPHOP。
さて、二つ目にはまっていることは、「音楽」いわゆるラップです。意外とよく言われますが、私自身10年ほど前からヒップホップという音楽を聴くようになり、本当に助けられてきたんですね。苦しい時、辛い時、孤独に寄り添ってくれるヒップホップは唯一の味方でした。
08:13
客席にいた私がマイクを握る日。
最近あるラッパーさんの追っかけをしていて、彼に聞いたのは、半径3mに起こったことを言葉にするのがラップだということ。 「なるほど」と「だから私は実生活に根ざしたヒップホップのリアルな音楽が好きなのだ」と。 私はこれまでヒップホップの一観客でしたが、ついにこれまでの人生や体験をラップしてみたいと最近思い立ち、一昨年から実行に移しました。 特殊清掃の現場で出会ったヒップホップ好きな男の子と意気投合し、ついにラップをしてみることにしたんです。 ラップは基本的に若い男の子が聴く音楽です。そして私は音楽ではど素人、ド新人、そもそも絶望的にリズム感がない。 しかも音痴ときている。物覚えも悪くなってくる中年女性です。そんな状態でどうやってラップするの?って思いますよね。 だけどこんな体験味わえる機会はないと逆に面白がることにしました。下手くそでもいいやと。
09:13
誰かに認められる必要のない世界。
私は本業の執筆の世界では常に評価にさらされる環境に身を置いています。でもラップでは誰かに認められる必要はない。そして何より年下の男の子が大先輩です。文章は一人で黙々と向き合う個人作業ですが、音楽は一人ではできない。ヒップホップにチャレンジするうちに、私には私の弱点があるということに気がつきました。「フック」と呼ばれるいわゆるサビの部分が歌うのがどうしても苦手なんです。
09:42
弱点を武器に。
私にとって、これまで弱点とは、人から隠すものだった。だけど、その男の子は私の弱点を面白がってくれた。そして私に合わせて、何度も何度も曲を私仕様に作り直してくれた。それは仲間だからです。そして相手へのリスペクトです。お金のためじゃない。それはお互い弱いところを補い合うというヒップホップの精神性なのかもしれません。彼が時にはケツを叩き、励ましてくれたおかげで、ようやく初めての曲が完成しました。
10:16
欲しかった仲間。
1年以上経ちましたが、いつしか彼とは仲間になっていた。それで気がついたんです。私は仲間が欲しかったのだと。お互いの弱さを認め合いながら、他者と何かを作り上げていくこと。それが私にとって社会との自然な関わりで、私自身の回復なのだと。
10:38
ぶつかり合いの先に生まれるリスペクト 。
面白いことに、音楽の話をすると、ライブなどで自分も乗っかりたいという人が結構いたんです。昔楽器やってたっていう人は、私の年齢でも意外と多いんですね。それも音楽がつなげてくれたかけがえのない縁です。あと、ヒップホップではMCバトルというものがあるのですが、これもよく見に行っています。MCバトルは罵り合いと思われがちですが、人と人との生のぶつかり合い、生き様、その上にお互いの尊敬、リスペクトが生まれる奇跡のような瞬間があります。 今後も私はヒップホップを続けていく予定です。
11:15
捨てる。
三つ目にやっていることは、捨て活ですね。先ほど引っ越ししたお話をしましたが、引っ越し先は、なんと9坪しかない狭小住宅ときている。これまで埼玉の広々とした戸建てに住んでいたのですが、今の家は都内でとにかく狭い。だから物を減らすしかない。 それもあって、これまで収集した大量の本も衣類も手放しました。いわゆるミニマリズムのような生活にチャレンジすることにしたんです。
何百枚の名刺やら、テレビやら、電子レンジもすべて手放しました。
11:52
シンプルイズベスト。
それで気がついたこと。人間の生活って意外にシンプルでも生きていける。レンジはたまにないと不便だなと思うけど、ザルとか蒸し器とか、最悪火があれば人間なんとかなるものです。 鍋とかフライパンも何個もいらないし、客用の布団も、玄関マットもバスマットもバスタオルもいらないなと。意外に一枚のタオルって万能で、これで事足ります。
12:17
捨てる痛みと向き合い手に入れたモノ。
考えてみれば、私は小さい頃から整理整頓が大の苦手だったんです。よく机の中がぐちゃぐちゃで、先生に怒られた苦い思い出もあります。 物を管理したり、きれいに維持し続けるのが苦痛だったんですね。だから、物の点数を減らしてシンプルに生きることは、私を自由にした。 とはいえ、物を捨てるのはとてつもなく心が痛みます。「あの時この服着たかったな。でももうこの体型だし、合わないかも」とか、物にはたくさんのコンプレックスが宿っているっていうことに気がついたんです。 それらと向き合い、手放していくこと。そうすると楽になった。
12:55
心地よさを選ぶたびほどけていく鎖。
私は心地いいものだけに囲まれていたいし、心地よく笑い合える仲間たちと一緒にいたい。 体に心地いいことだけをしたい。そういう環境を一つ一つ周りに増やしていく。自分を縛り続けていた、鎖を脱ぎ捨てて自由になっていく。そして今、この瞬間を生きる。それが40代からの私です。 それはずっと悲鳴を上げ続けていた私自身の心と体に、まずは耳を澄ますことでした。私はたった一つこの体しかない。だったら慈しもう。
13:31
体の一丁目一番地。
考えてみれば、これらの趣味はすべて、人生の棚卸しと言いますか、これまでの執着から離れて、自分の幸せを生きることなんですね。でも、機能不全家族で育った私には、「幸せって何?」幸せの概念がわからない。 だったら体に耳を澄ませよう。簡単ではないですが、それは、自分を取り戻すこと。 仕事ではない場所でつながれる仲間と生きること。 体の一丁目一番地である自分の生活空間を心地よくすること。ジムもラップも生活、ジムもラップも生活も全部一緒で、今この瞬間の私を生きやすくするためのこと。
14:14
最後に。
虐待サバイバーの私は大人になってもとても苦しい日々を送ってきました。見えない母が私を縛り、苦しめるからです。 そこから解放されるには、常時戦闘状態で苦しんでいた私の中の私をまずは許してあげること。この試行錯誤の体験が誰かの救いになれば幸いです。
以上が私のストレス解消法と趣味でした。